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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2141号 判決 1960年2月01日

原告 第一信託銀行株式会社

被告 株式会社三井銀行

主文

被告は原告に対し一九、六九五、〇〇〇円およびこれに対する昭和二五年二月一八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を被告のその一を原告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

一、当事者の申立

(一)  原告

「被告は原告に対し二九、五三三、〇〇〇円およびそのうち九、八三八、〇〇〇円に対する昭和二五年一月一日以降、一九、六九五、〇〇〇円に対する昭和二五年二月一八日以降各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(二)  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

二、原告の主張

(一)  原告は信託ならびに銀行業務を営む株式会社であり、被告は銀行業務を営み、もと株式会社帝国銀行と称し昭和二九年一月一日現在の商号に変更した株式会社である。

(二)  原告は昭和二四年一〇月訴外財団法人宗教福祉協会(以下協会という)に対する貸付の依頼を同協会理事桑畑清一より受けた。その際の説明によれば訴外財団法人全国町村会から全国町村職員のためのケアー物資購入の取扱方を依頼された協会は、購入希望者名簿を作成してケアー物資取扱代行機関である訴外日本貿易運輸株式会社(以下日本貿易運輸という)にこれを依頼したところ、同会社の申請の結果ケアー物資の一部が到着したので、協会理事桑畑はその引取資金調達のため原告に貸付を依頼するのであるが、協会が原告からの借入金をもつて代金払込を完了すれば日本貿易運輸は直接購入希望者に物資を発送し、協会はその発送案内書により全国町村会に代金を請求して原告からの借入金を返済するとのことで、その裏付として全国町村会は昭和二四年一一月上旬二八、〇〇〇万円を原告に通知預金として預け入れ、なお重ねて右協会より貸付の懇請があつた。そこで原告は協会に対して次のとおりの貸付をした。

(1)  昭和二四年一一月九日に弁済期昭和二五年一月七日の約定で五〇〇万円、

(2)  昭和二四年一二月二日に弁済期昭和二五年一月三〇日の約定で二〇〇〇万円、

(3)  昭和二四年一二月三〇日に弁済期昭和二五年二月二七日の約定で一〇〇〇万円、

(4)  昭和二五年二月一六日に弁済期昭和二五年四月一七日の約定で二〇〇〇万円、

(三)  (1)  原告は協会に対し前項貸付金(2) を利息を差引いて額面八、六七六、〇〇〇円の持参人払式自己宛横線小切手で交付した。右小切手は被告提出により東京手形交換所で交換されたが、その裏面には「日本貿易運輸株式会社ジヤパントレードトランスポートコンパニー代表取締役角谷一雄」なる記名押印があつた。

(2)  原告は前項貸付金(1) と同(2) のうち一、一〇〇万円を協会の原告当座預金口座に振替入金して貸付けたが、協会は右口座から額面一、〇〇〇万円の横線小切手を振出した。右小切手は前同様に被告提出により交換されたが、その裏面には鉛筆書で「日本貿易運輸」なる記載があつた。

(3)  原告は協会に対し前項貸付金(3) を利息を差引いて額面九、八三八、〇〇〇円の持参人払式自己宛横線小切手で交付した。右小切手は昭和二四年一二月三一日、前同様に被告提出で交換されたが、その裏面には「日本貿易運輸株式会社」なる記載があつた。

(4)  原告は協会に対し前項貸付金(4) を利息を差引いて額面一九、六九五、〇〇〇円の日本貿易運輸株式会社を受取指図人とする記名式自己宛横線小切手で交付した。右小切手は昭和二五年二月一七日前同様に被告提出で交換されたが、その裏面には

「本小切手代リ金ハ受取人勘定へ入金致候也昭和二五年二月一六日」なる記入と「株式会社帝国銀行本店営業部」なる押切判の押捺があつた。

(四) 第(二)項記載の貸金のうち、(1) の五〇〇万円は昭和二五年一月七日に、(2) のうち五〇〇万円は同年一月二四日に、同じく一一、九二二、六〇〇円は同年二月六日に、それぞれ全国町村会の原告に対する通知預金からの振替決済の方法により返済され、(2) のうち三、〇七七、四〇〇円は同年二月八日に返済された。しかし(3) (4) の合計三、〇〇〇万円は返済なく、その後原告の調査の結果次の事実が判明した。

(イ)  訴外日本貿易運輸(代表取締役西幸太郎)は協会とも被告とも全く取引がないこと。

(ロ)  前項記載の小切手はいずれも被告銀行における桑畑清一個人の口座に入金されたこと。

(ハ) 右桑畑清一の口座から指図式記名線引小切手の入金直後に一五、二七六、〇〇〇円が勧業銀行本店の財団法人全国町村会の口座に振込まれており、また同口座から原告に桑畑を紹介した訴外千代田化学株式会社社長佐藤竜太郎に対し約二五〇万円、第(三)項(1) の小切手裏面記載の角谷一男に対し二百数十万円が各支払われているが、ケアー物資引取代金らしい支払が見当らないこと。

即ち、原告は桑畑らのケアー物資引取資金調達に名を藉りた詐欺行為により貸金名下に前記金員を騙取されたものであることが判明した。

(五) ところで原告の第(三)項(1) (2) (3) (4) の貸金支払は同項(1) (2) (3) (4) の小切手裏面の記載および(1) (2) 貸金に対する前項記載の返済態様から貸付金がケアー物資引取代金として訴外日本貿易運輸に入金しているものと誤信した結果、支払義務がないのになされたものである。

即ち、前記の貸付はいわゆる無担保貸付でその実質上の担保は全国町村会の通知預金で、したがつて貸金が日本貿易運輸に支払われてこそ貸金回収が可能となるので、日本貿易運輸への貸付金支払は貸付の要素となつており、とくに記名式小切手による貸付では原告より直接日本貿易運輸へ支払う形式をとつている。右要素を欠けば貸付ば不成立となり、小切手は原因関係を欠いて原告に支払義務はなく、とくに記名式は小切手の場合は小切手上も日本貿易運輸ないしその被裏書人以外は正当な所持人でないから、これに対する支払を要しなかつた。

仮りに第(三)項(3) (4) の貸付が成立していたとしても、同貸付は桑畑の詐欺と(1) (2) (3) 小切手裏面の記載とにより、原告が本件貸金の日本貿易運輸への入金を誤信した結果なされたもので、さもなければ、右貸付はなされなかつた筈である。

(六)  しかるに、原告が第(三)項(3) (4) の小切手支払をなしたのは被告の次のような不法行為によるものである。

(1) 銀行業務を行う者は、当座預金口座に持参人払式他店小切手を受入れるに際し、小切手の裏面に入金者の受取裏書又は入金者名の記載のないときは、その裏面に当該口座の商号又は氏名を記載して入金者名を明示しておく慣習が存在する。同慣習は、受入小切手の支払拒絶による返還の場合、受入銀行において小切手の入金先を迅速確実に知る必要上発生したものであるから、受入銀行が小切手裏面に入金者について虚偽記載をなし、又は入金者のなした虚偽記載を認容することはありえない。したがつてこのような記載がある場合、小切手の交換を受けた銀行は交換にまわした銀行が裏面記載名義人から小切手の入金をうけたものと考えるのが当然である。前記のように第(三)項(1) (2) (3) の小切手裏面にはいずれも訴外日本貿易運輸に入金されたような記載が存し、しかもそれが度重つており、被告の被用者が桑畑と共謀してこのような記載をなしたが、またはなされていた虚偽記載を認容したものというほかない。

このような虚偽記載がなければ原告は第(三)項(3) (4) 貸付支払はしなかつたのであつて、被告は被告の被用者の故意又は過失によつて桑畑のなした欺罔行為に加功したか、少くとも持参人払式他店小切手取立に関する商慣習に違反する不法行為をなしたものである。

(2)  被告は第(三)項(4) の記名式横線小切手について前記のような記入押印をなして交換にまわしているが、被告は訴外日本貿易運輸と取引がないのであるから、右は取引のない記名人のために取立をしたか、又は名義人ないし被裏書人でない訴外桑畑のため取立をしたものであつて、小切手法第三八条第三項に違反する。

(3)  又記名式小切手において裏書の連続のない場合は、交換を受けた銀行は、交換にまわした銀行に対し、正式領収の手続要求ないし支払拒絶をなすことができる。

被告は、第(三)項(4) の記名式横線小切手を受取人でも被裏書人でもない訴外桑畑のために取立てるに際し、前記のようにその裏面に「本小切手代リ金ハ受取人勘定へ入金致候也」なる虚偽記入と「株式会社帝国銀行本店営業部」なる押印をなして記名人たる訴外日本貿易運輸に入金したことを確証して交換にまわし、支払銀行たる原告を欺罔して支払を要しない右記名小切手の支払をなさしめたもので、右取立行為は民法第七〇九条第七一五条に違反する。

(七)  原告が支払つた第(三)項(3) (4) の小切手合計二九、五二三、〇〇〇円は現在まで回収不能であり、将来回収の見込もない。

なお全国町村会の通知預金はケアーの物資購入の場合の支払金として実質上の担保であつたにすぎず、法律上担保となるものでなかつたので昭和二五年二月二〇日、同月二一日に残りの全額が解約されている。よつて原告は被告に対し右各小切手額面の金員および各小切手の交換決済日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。

三、被告の主張

(一)  原告主張第(一)項の事実は認める。

(二)  原告主張第(二)項の事実は知らない。

(三)  原告主張第(三)項の事実は認める。

(四)  原告主張第(四)項の事実のうち、

被告と訴外日本貿易運輸との間に取引がなかつたこと、および原告主張の小切手四枚が訴外桑畑清一の被告銀行預金口座へ入金されたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(五)  原告主張第(五)項の事実を争う。

(1)  協会が原告の貸付金をケアー物資購入代金として訴外日本貿易運輸に交付することが貸付契約の要素があつたとの事実は否認する。もし要素であれば原告は貸付当時に訴外日本貿易運輸とも協議し、これを確かめるはずである。

(2)  原告は協会と貸付契約をなしその貸付代り金として小切手を交付したものであり、協会はその桑畑口座入金に異議がなかつたのであるから、原告の小切手金支払は貸付金交付の義務を履行したにとどまり、新たに損害を蒙つたわけではない。

(六)  原告主張第(六)項の事実は否認する。

(1)  原告が第(六)項(1) において主張する入金者名義裏面記載の慣習の存在を否認する。このような記載は便宜のためにすぎず、これをなすべき慣習はない。持参人払式小切手の持参人に対しては裏面の記載の如何にかゝわらず支払の義務があり、裏面の記載は受取裏書ないし受取記載ではないから、裏面記載により記載名義人に支払われたと判断するのは軽卒な誤解である。

なお原告主張第(三)項記載(1) (2) (3) の小切手の裏面の記載はいずれも被告銀行において記入したものではない。よつて被告には不法行為はない。

(2)  被告は原告主張第(三)項(4) の記名式小切手を訴外日本貿易運輸のためではなく、取引ある訴外桑畑のために取立てたのであるから小切手法第三八条に違反しない。

(3)  記名式小切手の取立に際し記名人の裏書なく交換にまわされた場合、支払銀行は正式裏書を求めることもでき、裏書の欠缺を理由に支払を拒絶することもできる。にも拘らず、原告はかゝる措置をとらずに無条件で支払を了したものであるから、被告に対し異議を唱え得る理由はない。

(七)  原告主張第(七)項の事実は否認する。原告の損害は次の理由により被告の行為と相当因果関係がない。

(1)  原告の損害発生は協会に対する貸付金の回収不能にもとずく。

(2)  原告の貸付金が訴外日本貿易運輸に交付されたとしても、原告の貸金が確実に損害なく回収し得たとはいえない。

(3)  記名式小切手においても訴外桑畑が恣意に指図人の裏書をなしたと仮定すれば、被告において裏書の真否を調査する義務がないから、本件同様の支払がなされるわけで、その場合も原告は同様の損害を受ける。

(4)  原告は、訴外全国町村会の通知預金を貸付の担保とするものであるのに、その管理を怠つて貸金弁済期日前の昭和二五年二月二〇日と同月二一日に右預金を解約せしめたため、貸金の回収を不能ならしめている。

(八)  仮りに被告に負責事由があるとしても、損害の発生については、(イ)訴外日本貿易運輸および同会社と協会との関係につき調査注意を怠り、(ロ)返済資源たる全国町村会の預金に対する管理を怠り、(ハ)ケアー物資取引の実情の調査を怠るなど原告の重大な過失不注意が原因となつているから、原告の重大な過失は斟酌されなければならない。

四、証拠関係

(一)  原告

証拠として、甲第一ないし第八号証の各一、二、同第九号証、同第一〇ないし第二一号証の各一、二、同第二二ないし第二五号証、同第二六号証の一ないし四、同第二七号証の一、二を提出し、証人倉富幹郎、同西田享次郎、同河村春三、同今吉敏雄、同市川栄一郎、同円中進牛、金谷真佐子の各証言を援用する。

(二)  被告

甲号証の認否として、甲号各証の成立(甲第九号証は原本の存在とも)をすべて認める。

理由

一、倉富幹郎証言と成立に争ない甲第五ないし第八号証の各一、二によれば、原告が原告主張第(二)項記載の経緯により訴外協会に対し原告主張どおりの貸付契約をなし、これに基いて原告主張第(三)項記載どおりの支払方法をとつたことが認められる。また倉富幹郎証言、今吉敏雄証言、成立に争ない甲第四号証の一、二、第九号証、第一〇ないし第二一号証の各一、二によれば、訴外協会理事桑畑は訴外日本貿易運輸からケアー物資購入希望者である全国町村職員に同物資の発送をなしたかの如き書類を訴外全国町村会および原告に示して原告からその主張のように貸付を得、かつ訴外全国町村会から支払を受けたに拘らず、結局極く僅少の物資を入手斡旋したにとどまつたこと、原告の協会に対する貸付中、最終回の貸付は、これ以前の三回の貸付と異り、貸付金が確実に訴外日本貿易運輸に対して交付されることによつて前記ケアー物資の購入販売が円滑に行われて結局右貸付金回収が確保されるよう、同訴外会社宛の記名式小切手の決済によつてすることに約定され、従つて貸金が訴外日本貿易運輸に入金されることを原告が特に重視していたこと、原告の支払つた主張第三項の小切手金はすべて訴外桑畑の被告銀行預金口座に入金していたこと、原告がその主張第(三)項の(4) の小切手金を支払つた後間もなく右ケアー物資購入に関する詐欺事件が新聞に報導されたこと、訴外桑畑は原告から昭和二五年二月一七日被告経由で支払を受けた金員をもつて訴外全国町村会の支払金を返還して同会との決済はしたけれども、原告に対しては原告主張第(二)項記載(3) (4) の貸付金は未済のまゝであることが認められ、又全国町村会が昭和二五年二月二一日に原告との通知預金を全部解約したことは当事者間に争がない。

右のような貸付契約の経緯と、その後の実情とから見ると、原告は結局訴外桑畑の貸付依頼に際しての説明を事実と誤信して貸付契約をなしたものであり、右の誤信がなければ貸付契約はなさず、また貸付契約後もこれを破棄して訴外桑畑に対して既に振出した小切手の支払を拒絶して貸付を行わなかつたであろうことは容易に推察しうる。

二、又、原告が協会に対する前記最終回の貸付契約に基ずいて訴外日本貿易運輸を受取指図人とする額面一九、六九五、〇〇〇円の記名式自己宛横線小切手を振出したこと、右小切手は被告により交換にまわされ原告が支払をなし、小切手金は訴外桑畑の被告銀行預金口座に入金されたこと、右小切手に受取指図人訴外日本運輸の裏書がなく、かつ同訴外人は被告銀行に口座を有しないことは当事者間に争なく、又成立について争ない甲第九号証同第二五号証、円中進午証言によれば右小切手は、被告銀行と取引はあるがその名宛人でも被裏書人でもない桑畑清一から被告が受入れたものであることが認められる。したがつて右小切手は裏書の連続を欠き、原告はその支払を拒絶しえ、前記最終回の貸付を行わずにすんだものである。

三、ところで、原告の協会に対する前記貸付のうち原告主張第(二)項(1) (2) の貸付金は協会からその返済を受けたが、(3) (4) の貸付金即ち原告主張第(三)項(3) の小切手金九、八三八、〇〇〇円と同(4) の小切手金一九、六九五、〇〇〇円は返済を受けられず、現在回収の見込みもないことは被告も明かに争わず、又倉富幹郎証言によつて認められるところである。

四、原告は、原告主張第三項(3) の小切手金支払は被告の不法行為により貸付金が日本貿易運輸に入金するものと誤信した結果なされた旨主張し、被告はこれを争う。当裁判所は次の理由により原告の右主張も採用しない。

原告の右主張を持参人払式他店小切手の受入銀行が小切手裏面に入金口座名又は入金者名を記載すべき慣習の存在することを根拠とする。この点について河村春三証言、市川栄一郎証言、円中進午証言によれば、原被告両銀行とも、交換にまわした持参人払式小切手が支払拒絶により返還されたときにその入金先を迅速確実に知る必要上、同小切手の裏面に入金先を記載し、または記載させる例であつて、入金先と裏面の記載とは通常一致するものであるが、しかしこの記載は銀行の内部処理の便宜上であり、入金者の記載は記号などによりなされる例もあることが認められ、また成立に争ない甲第一ないし第三号証、同第一〇ないし第二一号証の各二によれば、その記載文言もさまさまで正確といいがたいことが認められる。右事実および持参人払式小切手においては権利移転に裏書を必要とせず裏面記載の如何に拘らず所持人がその支払を受け得ることを考え合せると、小切手裏面記載が、内部処理の便宜をこえて、常に銀行の外部に対しても入金者名を示す意味を持つものとは考えられず、ときに何等かの都合で裏面記載の人名、記号が真の入金者名と一致しないこともあり得ることであり、したがつて原告主張のような慣習があることは認められず、前記第(二)(3) の小切手のように入金者と小切手裏面記載名義とがたまたま異つていても(この点については当事者間に争がない)、被告銀行外の原告から被告に対し批難を加え得るものとは考えられず、原告が右裏面記載名を小切手金入金者と思つたからといつて、これを被告の責に帰すべきものとはいえない。又右小切手の場合被告の被用者が原告を欺罔するために故意に以上のような相違した記載をなしたものと認めるに足りる証拠はない。

よつて右の記載により被告が原告に対して不法行為責任を負う旨の主張は採用できない。

五、原告は被告が取引先でない訴外日本貿易運輸から(4) の記名式横線小切手を取得したことは、小切手法第三八条第三項に違反すると主張するが、被告が右小切手を受入れたのは前述のとおり取引のある桑畑清一からであつたことが認められるので、原告の右主張は理由がない。

六、原告は次に原告主張第三項(4) の記名式小切手の支払は被告の不法行為により受取指図人に入金したものと誤信した結果であると主張し被告はこれを争う。

当裁判所は次の理由により原告の右主張は理由があると考える。

(1)  原告主張第三項(4) の小切手が訴外日本貿易運輸を受取指図人とする記名式自己宛横線小切手であり、右小切手裏面に訴外日本貿易運輸の裏書がないまゝ桑畑清一から被告に取立が委任されたものであるから原告は裏書の連続を欠くものとして右小切手の支払を拒絶し得たことは第二項に述べたとおりである。又右記名小切手の裏面に被告によつて「本小切手代リ金ハ受取人勘定へ入金致候也」なる記入と「株式会社帝国銀行本店営業部」なる押切印の押捺がなされていたこと、にも拘らず小切手金は訴外桑畑の口座に入金されていることは当事者間に争ない。

河村春三証言、市川栄一郎証言によれば、右の記入押印は入金証明と呼ばれ、記名式小切手に受取裏書のない場合取立をする銀行が受取指図人と入金者とが同一であることを証明して裏書に代えるもので、銀行間では裏書又は入金証明があれば交換されるならわしであり、押切印影は銀行間で相互に交換し確認していることが認められる。

してみれば原告が、被告のなした誤つた入金証明を信頼し受取指図人の裏書の欠缺が補正されているものとして、小切手金支払をなした点に過失はなく、被告はその被用者たる銀行員がなしたものと認むべき誤つた入金証明によつて、原告をして本来拒絶し得た右小切手金の支払をさせ、これによつて貸付契約の履行を完了させて、その支払金額の損害を与えたことになる。

(2)  被告は原告の損害は貸付により生じたもので、小切手金支払はその手段にすぎないから、右の支払と損害との間に因果関係がないと主張するけれども、被告の誤つた入金証明がなければ、原告は本来支払を拒絶し得て右貸付の履行そのものをなさずにすんだのに、右誤つた入金証明によつて小切手金を支払つたことにより損害を受けたのであるから、右主張は理由がないのみならず、これを実質的にみても、前述のとおり、原告が右小切手金を支払つた後間もなく新聞紙上に前記ケアー物資購入に関する詐欺事件が報導され、原告としても右小切手金が訴外日本貿易運輸に支払われないで桑畑清一がこれを受領するということが判明すれば原告は前記貸付契約を解除し、右小切手を最終的に支払わずに済んだであろうと考えられ、右小切手金支払の四、五日後には貸付金回収の実質上の保証となつていた全国町村会の預金が解約されたこと(このことは当事者間に争がない)から判断しても、原告が右小切手の支払を拒絶したならば原告は右損害の発生を防止できたものと推認でき、被告の不法行為がなかつたとしても同様の損害があつたものとはいえないのである。なお被告は訴外桑畑が訴外日本貿易運輸の裏書を得または偽造したときも原告に損害の発生することは同様であると主張するが、このような仮定の事例は判断のかぎりでない。

(3)  被告は更に損害発生について原告にも過失があつた旨を主張し、過失相殺がなされるべきであると主張する。

ところで被告が原告の過失として主張するところの一は貸付契約をなすに際し充分に調査をしなかつたという点にあるが、本件損害は、前記各認定のとおり、原告の貸付金回収の確実を期するため貸付金移動の経路を確保する手段として振り出された小切手金支払によつて発生した損害であつて、被告の右小切手の扱が正規に行われたならば右貸付の履行自体が行われなかつたものと考えられるのであるから、右損害が原告の右貸付自体の過失によつて発生し又は増大したものというに当らない。また元来過失相殺の理念は、被害者の側において当然なすべき注意を怠つた場合に、公平の要求からその結果を加害者に転嫁することが許されないとき、加害者に対する請求に際してこれを考慮しようとするものであるが、本件被告の不法行為は銀行業者として最も基礎となすべき信頼関係を裏切り慎重であるべき小切手支払に関する手続を過つたもので、その責任は重大であるから、原告の貸付契約に際しての調査ないし回収担保の方法が不充分であつたとしても、これを本件損害賠償の額を定めるについて斟酌する必要を認めない。

被告が原告の過失として主張するところの二は貸付金回収の事実上の担保たる全国町村会預金管理の怠りであるか、今吉敏雄証言、倉富幹郎証言によれば、同預金が貸金を担保する手続のとられない通知預金であつたと認められることに照らし原告が預金の解約に応じたことも当然であり、もつて損害拡大を防止すべき注意を怠つたものということもできないし、そのような担保の確保方法を責めるのは結局原告の前記貸付契約を責めることに帰し、そのことを理由とする抗弁の理由のないことは右一の場合と同断である。

従つて被告の過失相殺の抗弁は採用できない。

七、よつて原告の請求は記名式小切手の支払金一九、六九五、〇〇〇円およびこれに対する支払の翌日である昭和二五年二月一八日以降の遅延損害金の支払を求める範囲において理由があるので、右範囲においてこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第九二条を仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三渕嘉子 畔上英治 花田政道)

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